ネットバブル崩壊で消えた企業、残った企業(NCB25年の軌跡からみえたカード・ペイメントの未来-3)

2014年11月3日8:00

NCB25年の軌跡からみえたカード・ペイメントの未来-3
ネットバブル崩壊で消えた企業、残った企業
Net Payments Losers & Winners

日本カードビジネス研究会 代表 佐藤元則

20世紀末の暗澹とした空気から抜けだし、ひかり輝く世紀へ。誰もが期待した21世紀のはじまり、つまり2001年はネットバブル崩壊と米国同時多発テロで幕をあけた。

ncb2000年から2004年にかけての5年間は、ネット決済の優劣を明確にした時代といえるだろう。日本カードビジネス研究会では、この5年間をネット決済胎動期と名づけたが、本物を生みわける期間という意味を込めている。

実は20世紀末から、インターネットを活用したさまざまな金融サービスが泳ぎはじめている。ネット決済胎動期は、それが選別され、強くたくましく成長しつづけるビジネスだけに淘汰される期間なのである。

2000年から2004年のネット決済胎動期はどういう時代だったのか。その時代背景を振返りながら、消えた企業と生き残った企業のちがいについて検証することにしよう。

■ネットバブル崩壊とテロの時代

1999年から2000年にかけてネット関連株は異常な上昇をつづけていた。21世紀への期待とインターネットの可能性がオーバーラップし、実態以上に輝いていた。株価は投資家のマインドによって動く。そしてメッキがはげた瞬間に暴落する。2001年がまさにその変節点だった。

ncb120世紀末の米国は、低金利で調達した資金が投資先を求めていた。当時インターネット関連というだけで、まったく事業経験のない大学生のプレゼン資料にも、投資資金が集まるという状態だった。

ネット関連株が多く集まるナスダック総合指数は、1996年には1000前後で推移していた。それが、1999年1月には2000を突破、1年後の2000年3月には5000を突抜けたのである。わずか1年強で2.5倍にバブルが膨らんだのである。これに懸念をおぼえたFRB(米国連邦準備理事会)は利上げを実施。2001年9月11日の米国同時多発テロ事件も相まって、2002年のナスダック総合指数は1000台まで急降下した。

収益がないにもかかわらず、じゃぶじゃぶと集まる投資資金を顧客獲得や開発に使っていたのだから当然のなりゆきであろう。ネットバブル崩壊で、米国をはじめ世界中のITベンチャーが危機的状況におちいり、企業売却や倒産に追いこまれた。

そんななか、ネット金融サービスのプレイヤーたちの多くは淘汰され、ごくわずかな本物だけが生き残ったのである。その代表格はPayPalである。

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■続きはNCBレポート2014年11月号で

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