Apple Payは日本に来るのか? 世界のモバイル決済にみる日本市場の将来像

2016年5月2日8:00

世界各国でさまざまなサービスが展開されるモバイル決済。本稿では、海外のペイメントビジネスについて知見が深い日本カードビジネス研究会に「世界のモバイル決済にみる日本市場の将来像」について解説してもらった。

日本カードビジネス研究会 酒井 裕毅

市場を騒がすフィンテック

「フィンテック(Fintech)」が市場を騒がせている。新しい金融サービスが次々と生まれ、紙面には毎日のように「フィンテック」の文字が踊る。銀行や決済関連企業の動き、法改正の議論も盛んだ。しかしそもそも、フィンテックとは何か。送金か融資か、仮想通貨か。さまざまな声が聞かれるなか、日本カードビジネス研究会はフィンテックをこう定義する。「情報通信技術を活用した革新的な金融サービスやビジネス」。

情報通信技術の進展で、スマートフォンやタブレット、IoT、ビッグデータ、人工知能などが進化し続けている。なかでもスマートフォンの爆発的な普及が与えた影響は大きい。いつでも生活に寄り添うスマートフォンは、消費者のライフスタイルを変え、あらゆる金融サービスが手のひらに集約した。それが、このフィンテックの波を生んだのである。

上記の定義に基づき、フィンテックを11のジャンルに分解した。モバイルPOSやビッグデータ分析などが並ぶなか、ここ最近で大きな動きをみせているのが、モバイル決済である。2014年10月にApple Payが登場して以来、モバイル機器メーカーや大手流通の参入、中国勢の台頭など、激しい競争が繰り広げられている。本稿ではその流れを時系列順に追い整理した上で、いよいよ4年後に迫る東京五輪に向けた対応について触れていく。

▲世界のFintech企業

▲世界のFintech企業


世界で広がるNFC

2012年末、当時のPayPal社長、デビット・マーカス氏は、自身のブログでこう語った。「2013年に、NFC非接触決済は徐々に死にゆくだろう」。旧Google WalletやISIS Walletの失敗で、NFCに疑念を抱いていた市場の動向を読み取っての発言だった。

いまの市場をみて、デビット氏はどう感じているだろうか。NFC非接触決済は死にゆくどころか、世界で主流になりつつある。契機はもちろん、Apple Payだ。カード情報を端末に保存し、指一本でアプリを起動。かざして決済する。PIN入力は不要で、指紋で認証するだけ。トークナイゼーションによりセキュリティも万全。これまでにない、スマートな決済だ。

その反響は大きかった。銀行はデフォルトカード(一枚目に登録されたカード)の地位を獲得すべく、自らコマーシャルを制作したり、初回利用のキャンペーンを打ったりした。リリース当時21万店だった加盟店は、わずか10カ月で70万店、現在は150万店まで広がっている。Square(スクエア)はNFC対応端末を25万台も無料配布する。加盟店が急速に増えた背景には、時代の追い風もあるだろう。特にライアビリティシフトの施行は大きい。磁気カードの不正利用による被害はイシュアか加盟店が責任を負う、としたものだ。EMV端末の導入に迫られた加盟店が、併せてNFCも導入したのである。とはいえ、Appleのブランド力が市場を動かしたことに変わりはない。

勢いそのままに、Apple Payは世界へ波及している。ターゲットは、NFCインフラの整った国だ。2カ国目に選ばれた英国は、欧州最大のNFC市場だ。ビザ・ヨーロッパによると、対面取引では7回に1回がNFCだった。つい1年前は25回に1回だったというから、その急拡大ぶりが伺える。その理由は、2012年のロンドン五輪にある。五輪の対策でキャッシュレスが一気に浸透し、今なおレガシー効果が持続している。代表例が交通機関だ。ロンドンの名物、ロンドンバスは、2015年から完全キャッシュレス。人の乗り降りが激しいバスには、NFCのようなスピードある決済が求められるからだ。鉄道やタクシー、フェリーなども呼応し、ロンドン市内の交通機関はすべてNFCで乗車できるようになっている。

4カ国目の豪州もNFC市場が大きい。もともとキャッシュレスが進んだ国で、2014年の決済取引額のうち、現金が占める割合はわずか1.17%だった。中央銀行や決済協議会といった国家組織がキャッシュレスを推進しており、その効果が表れている。そして、その牽引役はNFCだ。カード取扱高のうち、NFC決済が占める割合は60%を超える。端末数も32万台(2014年末)と、全端末の39%を占める。世界一のNFC大国といえるだろう。

ただし課題も残る。手数料の問題だ。Appleは、カード取引にかかるイシュアの取り分(IRF)から手数料を徴収している。クレジット取引なら0.15%、デビット(プリペイド)なら0.5セントだ。欧州や豪州ではIRF規制を強化する動きがあるため、これ以上取り分を減らされてたまるかと、銀行は反対している。豪州では、クローズドループのAmerican Expressのカードに限ってリリースされている。

そんなAppleを尻目に、ライバルは攻勢を強める。OSシェアで競うGoogle、スマートフォンシェアで競うSamsungも、それぞれモバイル決済を発表した。両社とも手数料を取らないことが強みだ。豪州では、ウェストパックやANZなど大手銀行がAndroid Payの導入を決定。今年初旬に開始する。Samsung Payも韓国を皮切りに、米国、英国などに進出する予定だ。いよいよ群雄割拠の様相を呈してきた。

新プレーヤーが続出するバーコード

NFC決済は限られた端末でしか利用できない。NFCチップ搭載機種が大前提だからだ。その点、同じ非接触でもバーコード決済は有利だ。スマートフォン画面のバーコードを読み取って決済するもので、端末を選ばないことが大きな利点といえる。

代表格はスターバックスコーヒー。レジ待ちが慢性化する店内では、効率的なオペレーションに加えて、素早い決済が求められる。そこでスターバックスは、モバイルアプリにバーコード決済機能をもたせた。アプリ起動後、端末を振ればバーコードが表示される。この戦略は全米で人気を博した。モバイル決済市場の胎動期には、全米のモバイル決済取扱高の90%を占めたこともある。スターバックスが大事にしている「顧客体験の創造」。新しい顧客体験を生みつつ、店舗運営の効率化を図っている。

小売業界も動きは盛んだ。発端はMCX(Merchant Customer Exchange)の設立。ウォルマートやターゲット、ライトエイド、ベストバイなど、大手小売店で結成された連合体だ。彼らは独自バーコード決済、CurrentCを立ち上げた。狙いは2つ。ダイレクトデビットのネットワークを整備し、国際ブランドへ支払う決済手数料を削減すること。その上で、加盟店の垣根を越えて購買データを共有、分析し、マーケティングに役立てることだ。MCXの結成は2012年。Appleよりも早く、モバイル決済の未来を描いていた。

しかしこのCurrentC、ほとんど進展がみられない。リリースは2014年、2015年と先延ばし。昨年秋になってようやく、ターゲットやウェンディーズなど一部加盟店での利用が可能になったが、その間にNFCが市場を席巻。市場で大きく遅れを取ってしまった。

CurrentCはこのまま死んでしまうのか。そんな折、強力なパートナーが現れる。米最大の銀行、チェイスだ。2015年10月、同行はCurrentCの仕組みに則り、Chase Payを発表した。顧客9,400万人分のカード情報を予め取り込み、既存のモバイルバンキングアプリからすぐに利用できるようにする。課題は加盟店数だ。大手小売店の連合とはいえ、加盟店数は10万店。NFCには遠く及ばない。そこでチェイスは、新たに18社のテクノロジープロバイダーと提携した。今年半ばのリリースを見据え、加盟店の拡大を図る。

その動きと同時併行で、MCX加盟店からも、独立してモバイル決済をリリースする動きがある。一角を占めるウォルマートは、Walmart Payを発表。バーコード決済だが、CurrentCの仕組みには乗らない。こちらも強みは顧客数だ。決済機能は既存のウォルマートアプリに追加されるから、2,000万人のアクティブユーザーはすぐに利用できる。今年初頭に全米展開する予定だ。同じくターゲットも、独自決済の構想を明らかにしている。

▲Walmart Pay

▲Walmart Pay


あなどれない中国勢

群雄割拠の米国に対し、あなどれないのが中国だ。筆頭はAlipay(アリペイ)。大手ECアリババグループのモバイル決済だ。4億人が日常的に利用し、シェアはなんと82.3%。2位のTenpay(10.6%)を大きく引き離す。

Alipayの仕組みはバーコード決済だ。決済原資はプリペイド口座かクレジットカード。クレジットが原資なら、加盟店と利用者双方から3%徴収する。これを、20万店の実店舗加盟店か、1,000万店のオンライン加盟店で利用する。オフラインでの利用シーンはさまざまだ。飲食店や日用品店のほか、公共料金や通信料金、航空チケット、タクシー代も支払える。対応するタクシーは50万台におよぶ。

そんなAlipayが、日本にもやってきた。リクルートライフスタイルとベリトランスはアリババと提携。Airレジ加盟店でAlipayが使えるようになった。

セブン-イレブンやローソン、あべのハルカスを営業する近鉄百貨店も導入を決めた。理由はもちろん、「爆買い」の受け入れだ。一人あたり25万円を超える貪欲な消費を取り囲む動きは、すでに始まっている。

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