国内のポストペイ/ 電子マネー決済の展望

2017年4月7日8:00

国内ではNTTドコモの「iD」、ジェーシービーの「QUICPay(QP)」といったポストペイ、「Suica」や「PASMO」などの交通系電子マネー、イオンの「WAON」、セブン-カードサービスの「nanaco」、楽天Edyの「楽天Edy」といったFeliCaベースの非接触決済が展開されている。2016年10月25日にApple Pay、同12月13日にAndroid Payがスタートしたが、その影響について、野村総合研究所 金融ソリューション事業二部 上級コンサルタント 宮居雅宣氏に解説してもらった。 

野村総合研究所 金融ソリューション事業二部 上級コンサルタント 宮居雅宣

①Apple Pay、Android Payの国内実装方式とインパクト

2016年10月25日、Apple Payが日本でサービスを開始した。iPhone7に搭載されたFeliCaを活用してSuica、iD、QUICPay(QP)が利用でき、クレジットカードは発行会社によってiDかQPに置き換えてApple Payを使う(図1)。一方、電子マネーで最も利用件数の多いnanacoや最も利用金額の多いWAONは対応しておらず、いつ対応するのか/しないのかと注目が集まる中、同12月13日にはAndroid Payが楽天Edyを搭載してサービスを開始した。実は対応各社の公開情報をよく読み、既存の決済サービスの仕組みに照らし合わせれば、実装方法を推測することができ、課題や将来展望も見えてくる。

図1 日本版Apple Pay(リアル)は、イシュア別にiDかQPに置き換えて決済する仕組み

まず海外版Apple Payと日本版Apple Payを比較すれば、国内の実装方法が分かる。海外版Apple Payは、Visa、Mastercard、AMEXなど国際規格(注1)の非接触IC決済「Visa payWave」、「mastercard contactless」、「expresspay」が使える。クレジットカードはカード番号だけで決済できる店もあるため、カード番号をトークンIDに変換して決済することでセキュリティを高めつつ、世界中のVisa、Mastercard、AMEXの非接触IC端末設置加盟店やEC加盟店で決済できる(図2)。即ち海外版Apple Payは、カード番号を別番号に変換しつつ、既存決済インフラのバックヤード処理に委ねて決済する仕組みということができる。

図2 海外各国は国際ブランド加盟店、日本はSuica、iD、QUICPay加盟店で決済可能

 一方、日本のiDやQPはカード番号だけでは決済できないので、おサイフケータイのようにアプリをそのまま実装すればよいにも関わらずTSP(トークン・サービス・プロバイダー)で番号変換しているということは、番号変換してバックヤードに飛ばす海外の仕組みをそのまま日本で実装していると考えられる。故にポストペイのiDやQPと親和性が高い。改札で瞬時に大量の取引が発生するSuicaだけが特別に作り込まれ、IC情報を正として主にオフラインで残高を引き去るFeliCaベースのプリペイド決済を既存スキームのまま実現している。となると、IC情報を正としてオフラインで残高を引き去るnanacoやWAON、楽天EdyがApple Payに載るためには、Suica同様にオフライン取引が主の既存スキームに影響が少なく実装できるようAppleが特別対応するか、サーバー型電子マネーのようにバックヤード処理するスキームに変革するか、どちらかの対応が必要となる。前者はAppleに決済サービスごとに特別対応を強いる話であり、後者は電子マネー事業者が1から新サービスを構築するレベルの抜本的な変革で、いずれも容易ではない。重要な点は、ICを正とするFeliCaベースのプリペイド決済と、バックヤード処理を前提とするApple Payとは根本思想が正反対であることだ。

おサイフケータイでFeliCa実装経験のあるAndroidは、根本思想の相違から来る決済インフラ影響をよく理解しており、楽天Edyに既存スキームの変革を強いることなく実装したと考えられる。だとすれば、nanacoやWAONも実装し易い。nanacoやWAONがいつApple Payに対応するかとの憶測記事を目にすることは多いが、このように実装方法を理解すれば、むしろAndroid Payの方がnanacoやWAONを搭載し易く、早く実現する可能性が高いと分かる。ただし、Apple PayもAndroid Payも決済サービスそのものではなく、決済サービスを格納できるWallet(ウォレット)に過ぎないことをユーザーに説明しないと、せっかくiPhoneでおサイフケータイのNFC決済から離脱したユーザーが戻って来ても、利用時に混乱して今度こそNFC決済に失望されかねない。

②国内非接触IC決済インフラへの影響

Apple Payが国内の非接触ICインフラに与える影響も重大である。筆者は過去に「2015年の決済サービス(共著:東洋経済新報社)」や「キャッシュレス革命2020(共著:日経BP社)」などの著書で、Apple Payが日本に上陸すればいよいよ2020年の東京オリンピックに向けてVisa payWaveやMastercard contactlessが国内でも普及し、非接触Type-A/Bインフラの整備が進むと書いたが、Apple PayのFeliCa対応によって状況が変化した。日本を含めて世界中のEMVcontactless加盟店で利用できる海外版Apple Payは、海外各国ではType-A/Bを展開しており、あくまで世界共用決済を目指しているようだ。Appleにとって日本のFeliCaは暫定対応で、日本国内にType-A/B端末が普及すれば世界共用が実現すると考えているように見える。しかしiDやQPによって既存のFeliCa端末でApple Payを取り扱える加盟店が、わざわざコストをかけてType-A/B対応する可能性は低い。つまり、Apple PayのFeliCa対応によって日本のType-A/Bインフラ普及は著しく遅延する可能性が高まり、Apple Payの世界共用決済実現も遠のいたといえる。ではなぜAppleはFeliCa対応を行ったのか疑問が生じるが、答えの1つはSuica対応によるiPhone7販売台数の確保、もう1つとして、国内でもInn-Ap(注2)では海外版Apple Pay同様にブランド決済のトークンIDで決済している実態(図3)から、実はAppleはリアル加盟店の決済よりもEC決済を重視しているのではないかと推測できる。ECではクレジットカード番号だけで買い物できる店もあり(注3)、世界各国でクレジットカード番号を含む個人情報の漏洩が毎日のように発生して不正使用が起きる中、国際決済ブランド会社が推進する3-Dセキュアは利便性とセキュリティの狭間でなかなか普及していない。それに対してApple Payは、カード番号をトークンIDに置換するうえ、TouchIDで指紋認証をして決済するのでセキュリティは格段に高く利便性も損なわない。TouchIDがEC決済のキラーサービスとなれば、シェアの高くない国でもAppleのデバイスが売れる。

図3 日本版ApplePayでも、オンラインショッピング(EC)やアプリ内課金(Inn-Ap)は、
   海外版ApplePayと同様に国際ブランド決済カードのトークンIDで決済

 ただ、Appleの戦略に関わらず、海外と互換性のあるリアルの非接触決済インフラは重要だ。東京オリンピックでは、チケット購入をはじめ決済サービスを提供できるIOCのワールドワイドオフィシャルスポンサーはVisaであり、Visaカード以外の決済サービスは利用できない。Type-A/Bのカードやスマートフォンを持つ沢山の外国人が来日することを考えれば、国を挙げてType-A/Bの非接触IC決済インフラを整備する必要性は高い。とかく非接触通信規格だけが国際規格か否かと話題になりがちだが、国際規格とは準拠しないとWTOに提訴されかねないISO、IEC、ITUのことを指し、FeliCaも機器間の近接型非接触IC通信規格であるISO/IEC180092(NFC-IP1)などに規格化されているが、カードの近接型非接触IC通信規格であるISO/IEC14443はType-A/Bのみなので、カード形状で提供されるサービスはType-A/Bにならざるをえない。故に国内ではFeliCa端末が普及しているのに、ICパスポートもIC運転免許証もマイナンバーカードもTypeBなのだ。さらに、国際規格は非接触IC通信のみならず、ICカードのデータ仕様もISO/IEC7816で規格化されるなど、世界中の金融機関が発行する決済カードはISO/IECの各規格をベースに金融業界で標準化されたEMVに準拠している。対してFeliCaはスピードに特化した独自のデータ仕様で、EMV対応は困難だ。筆者は日本人として、また、カード業界で最初にFeliCaの大量発行(注4)を行った張本人として、日本発の技術を応援したい気持ちは人一倍強いが、世界各国の金融機関が整備するのはEMVインフラであり、非接触はEMVcontactlessでなければ訪日外国人の対応も、海外旅行に行く日本人のサポートもできない。非接触で買い物する利便性は高く、訪日外国人消費の活性化につながる。日本の金融機関も、改正割賦販売法で加盟店に接触型のIC対応のみを義務化する中央省庁も、早くその事実に気が付く必要がある。

③新たな決済サービスの動向と更なる技術展望

モバイル決済はNFCだけではない。例えば、中国で爆発的に使われているモバイル決済にアリペイウォレット(Alipay Wallet)とウィチャットペイメント(WeChat Pay)があり、日本でも加盟店は増加している。いずれも加盟店端末とスマホでバーコードを読み取って決済する方法で、母体であるECモールやSNSに出店する加盟店に大胆な割引を提供してもらうことで、ユーザーが大幅な割引や特典を受けられることから活発に利用されている。日本の電子マネーもポイントを武器に普及したように、やはり特典は強力なドライバーなのだ。

すでに決済サービスは「決済できる」というだけでは選ばれない時代に突入しており、ユーザーが24時間肌身離さず利用するスマホを軸に、どのような付加価値を提供できるかが普及の鍵となっている。中国でAlipayやWeChat Payに先行された銀聯は、実は法律上全ての銀行が発行する銀行カードに表示を義務付けられた銀行ネットワークであり、やはりEMV/EMVcontactlessに準拠している。最近は傘下のイシュアやアクワイアラと組み、加盟店の特典をユーザーに提供するサービスを展開してAlipayなどを猛追する。

日本ではビーコンを使って決済して特典も付与する新たな決済サービスも登場しているほか、地方創生の取り組みとして地域金融機関がスマホでNFC決済サービスと共に地域の小売店の特典を提供する展開も始まっている。特典を付与し易い流通事業者やEC事業者、SNS事業者のみならず、金融機関も特典を絡めた決済サービス提供を始めており、NFCのみならずバーコードやビーコン、バイオメトリクスやブロックチェーンなどさまざまな技術を活用して決済サービスを提供し始めた。直近は世界中で最も共用インフラの整備が進むEMV/EMVcontactlessが決済サービスの標準仕様になると考えられるが、そもそもカードやNFCは媒体でしかなく、消費者が常にスマホを持ち歩いていつでもどこでも安全・スピーディ・便利にネットワークアクセスできるようになれば媒体は何でもよく、処理は全てバックヤードで行い、アプリ連携やアプリ連動などの複合的な展開も活発化するようになるであろう。そうなるとカードやデバイスのICに依存するスキームは時代遅れとなり、1章で「容易ではない」と書いたバックヤード処理への抜本的な変革も非現実的な話ではなくなる。本稿では、まずはNFC化の展望に軸足を置いたが、その足元ですでに次なる技術変革の胎動は始まっており、ポストペイや電子マネーが次なる技術を見据えた展開に踏み出す可能性も多いにあり得る。

※内容は原稿執筆時のものとなります。

(注1)「国際規格は、非準拠では WTO 違反となる可能性のある ISO,IEC,ITU を指す。
(注2)オンラインショッピングやアプリ内課金における決済。イシュア各社のプレスリリースに、Inn-Ap では JCB,AMEX, Mastercard として決済できる旨が記載されている。
(注3)カード業界は 3-D セキュア以前に、ユーザーや加盟店に証明書を配布して決済情報を秘匿するセキュリティの高いSET(Secure Electronic Transactions)を推進したが、利便性を優先する市場に受け入れられず、やがて不正使用発生時のリスクを負担するのでカード番号で決済させて欲しいとの大手加盟店要望に応えるカード会社が現れた。
(注4)1999 年にカード会社社員として、お台場の自動車テーマパークで FeliCa のプリペイドカードを 2 万枚、ポストペイカードを 2 万枚発行。カード会社の FeliCa 対応方針を策定するなど後の QUICPay の基礎を築いた。

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